純正律と制服
「よく聴いて」
響くC(ツェー)。
「倍音が聞こえた人から、それをなぞって」
目を閉じる。
1oct(オクターブ)上のCがかすかに聞こえる。
かき消さぬよう、そっとなぞると、すぐにG(ゲー)が聞こえた。
紺のスカートと、丸襟のブラウス。
純正律が世界のすべてだった少女たちにとって、
日々、円になって行われるそれは、
あまりにも神聖な、儀式だった。
『ポケットの中の音叉』
高校時代、合唱部に所属していました。
世にも珍しい、公立の女子高でした。
顧問が並々ならぬ合唱への情熱の持ち主で、ピアノ伴奏の合唱曲は滅多に歌わせてもらえず、純正律を教え込まれ、グレゴリオ聖歌を歌い、多数の生徒が音叉を持っている、今思うと本当に変な部活でした。
未だに、部活をしている夢を見ます。
だいたいは、悲しい夢です。
原因は、私が最後の最後に先生とケンカして最後の最後に部活をドロップアウトしてしまったことにあるのですが、まぁ、その話はまたいつか。
夢はいつも、久しぶりに部活に顔を出すところから始まります。
部員はみんな、いつも通りだけど、私が知らない曲を歌っている。
私は楽譜を見ながら一生懸命追いつこうとする。
でもうまくいかない。
そんな夢。
あるいは、コンサート本番に突然参加することになり、舞台に立つけど、練習に参加していないので、当然、歌えない。
そんな、夢です。
後悔してるんでしょうか。
どうして最後まで、みんなと一緒に歌わなかったのかと。
いまだに?
でもあの頃の私は、どうしてもあの場には居られなかったんです。
仕方なかった。
あらゆる音に敏感すぎる私にとって、地獄に等しかった。
時間が経って、思い出も美化されて、その頃の友達ともずっと連絡を取ってなくて。
それでも定期的にこんな夢をみるのだから、なんだかすごく、やっぱり、きっと、つらかったんでしょうね。
でも、夢をみているその瞬間は、歌えなくてパニックになりそうになりながらも、なんだかすごく喜んでいるんです、私。
ああ、戻ってこれた!って。
先生、許してくれるかな?って。
この部活を、そして仲間たちを愛していたのはもちろん、
高校の合唱部に入る前から親しんでて、合唱が本当に本当に大好きだったんです。
毎回、ほんとうにしょんぼりした気持ちで目が覚めます。
またいつか、合唱ができたらいいな。
音叉買おうかな。
全然関係ないんですが、
ヤマハのマークって音叉なんだよ。
知ってました?
おしまい